古いバイクに乗る人間はなぜ信用できるのか
- 坂本圭

- 7月2日
- 読了時間: 3分

古いバイクは手がかかる。ゆえに愛が育つ
古いと壊れます。平気で壊れます。まぁ僕のは日本車なので壊れにくいですが、壊れた場合に部品も探すのが大変だし、修理費も高い。世の中は壊れない前提で物事が進んでいる気がする。これは人間も含めて。人間も壊れてしまう時はある。
では人間関係を直さないで捨ててしまうのか、そうではないですよね。
いわゆる「便利ではないもの」をあえて手放さずに付き合う人間には忍耐があり、人間味が出てくるものだと思っている。

<ただの移動手段ではなく愛馬として見ている>
戦国武将にとっての馬のように、古いバイクはただの道具ではない。
「相棒であり、人生の一部。」
この考え方を主張するのではなく、内に秘めている人間が魅力的に感じるものだと僕は捉えている。(だってそんなことを周りに言って回ってたらダサイじゃん)←意外とこれをわかってない人が多い
壊れることを前提に付き合っているので、完璧を求めず、不完全さを受け入れる器も育つんじゃないかなと思っています。古くなった、調子が悪い、面倒くさい。そこで捨てずに直す人間は信用できるという意味です。日本車ではなく、外車に乗っている人もそれに近いんじゃないかなと感じます。

歳を重ねると効率だけで生きている人間に価値を感じなくなってくるんですよ。不思議ですよね。確実に死に近づいていくと焦るはずなんですが、全く逆です。新しいバイクの方が速い、楽、壊れない、それでも古いバイクを選ぶ人間は、効率以外の価値を知っているように思えます。
壊れる、めんどくさい、不完全、これが可愛いと思える人は人間味があると思いませんか?まさにパラドックスの恩恵です。
あと、リスクを取る練習をしているようにも思います。
経営者は失敗しない為に毎日たくさんの意思決定をしてます。リスクを取らないとリターンは望めないはずなのに成功できる範囲内での意思決定に落ち着いてしまう。これをぶっ壊すのが古いバイクです。いつ壊れるかわからない。事故に遭うかもしれない。途中でぶっ壊れて待ち合わせに遅れるかもしれない。バイクはリスクしかないんですよ笑
だからこそ普段とは違った意思決定で現実が変化をする。僕はここに経営の重要性を感じています。持論ですよ。

AIが人間味を奪っていきます。
人間の味わい、立ち止まって考えると言う事、風情や情緒。効率化によって考えなくて済むつまらない人間が量産される時代です。だからこそ古くてポンコツなめんどくさいバイクに向き合うこと。今後二極化していきますが、僕は喜んで非効率を選びますね。
人としてどう在りたいかにこだわりたいので。


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